【小説】片翼の召喚士-episode022

chapter-2.ナルバ山の遺跡編
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ナルバ山の遺跡編-episode022 【片翼の召喚士】

 目の前に書類の山を築いて、黙々と書類処理に勤しんでいたベルトルドは、リュリュの言葉に顔を上げた。

「罷免だとう!?」

「ええ」

 端整な顔を怪訝そうに歪め、ベルトルドは不機嫌な声を出した。

「ブルーベル将軍を罷免してどうするんだ?」

「後釜にキャラウェイが座ったわよ」

「はあああ??」

 両手でデスクをバンッと叩き、ベルトルドは立ち上がる。

「あのボケジジイは何をしてるんだ! 軍を弱体化してどうする! ただでさえ役立たずの烏合の穀潰しを何百万と抱えてるんだ、バカなのか?」

 腕を組んで唸ると、正面に立つリュリュをギロリと睨む。

「キャラウェイが主犯だな?」

「そうよん。あの禿頭ダルマしかいないわ」

「ハゲ豚の分際で、どうボケジジイを篭絡しやがった…」

 禿頭ダルマ、ハゲ豚と言われ放題のキャラウェイは、ハワドウレ皇国軍に中将の地位を戴いている軍人である。

 ハワドウレ皇国では政治や軍など、国の要職に就くためには、絶対に通らねばならないものがある。

 エリート養成機関ターヴェッティ学院を卒業することである。ここを卒業したものだけが、要職に就くチャンスが与えられる。地位や出身、金の力で、この国の要職には絶対に就けないのだ。

 キャラウェイ中将は確かにターヴェッティ学院を卒業したが、その能力は周囲にあまり認められていない。それでも中将の地位まで上り詰められたのは、別の才能に恵まれていたからと噂されている。

 奸智に恵まれていると。

「将軍職に就きたくてしょうがないオーラを、滲み出しまくっていたからな。非凡なる奸智を巡らせて、ブルーベル将軍を陥れたんだろうな」

「その通りよ。国家反逆罪だの転覆罪だの、あることないこと捏造しまくりで、皇王様に突きつけたって」

「あのボケジジイは、それを信じたわけじゃあるまい?」

「信じてないようだけど、一部のオバカどもがキャラウェイを後押しして、宰相マルックも抱き込んだようよ」

「ああ…」

 ベルトルドは渋い表情(かお)を浮かべた。

「トゥーリ族嫌いだからな、マルックのジジイも…」

「如何に皇王様といえど、宰相にまで詰め寄られたらねえ」

「仲良し老人コンビだからな。しかし、放っておけないな」

「アタシもキャラウェイは好かないわ。とっとと下水にでも流してちょうだい」

 磨き上げた爪を見ながら、リュリュは垂れ目を眇めた。

「俺はな、個人的にブルーベル将軍が好きなんだ。真っ白な毛が艶々してて、つぶらな黒い目がキュートで」

「あーたも、たいがい可愛いモノが好きよね。そこの毛玉姫みたいに」

 ベルトルドの怒気にも慣れたようで、カゴの中で丸くなって寝ている。

「ふふん。それに、キャラウェイなんぞが将軍職に就いたら、皇国軍はオシマイだ」

「どーかん」

「能無しボケジジイを締め上げてくる」

「今回は許すわ。存分にやっておしまいなさい」

「おう」

 ハワドウレ皇国の軍隊は、大きく分けて2つある。

 一つは、正規部隊。第一から第十まである1個軍で、約6万人ほどが一つの正規部隊に所属している。

 正規部隊を統括するのは、10人の大将たち。その下に色々な階級を持つ部下たちが、それぞれ従っていた。その正規部隊全部を統括・指揮するのは、将軍ただ一人。将軍が実質、正規部隊の長になる。

 もう一つは、特殊部隊。ダエヴァ第一から第三部隊、魔法部隊、警務部隊、尋問・拷問部隊、親衛隊。

 正規部隊には戦闘などに関するスキル〈才能〉を持たない者も徴兵され組み込まれるが、特殊部隊には、その部隊に見合ったスキル〈才能〉保持者のみが配属される。そして特殊部隊の上に将軍はいない。

 これら正規部隊と特殊部隊を統括する全軍総帥が、軍における最高指揮官となる。

 総帥の地位は代々皇王が就き、正規部隊と違って、特殊部隊は総帥の直轄に入る。そのため、正規部隊の長である将軍でも、直接特殊部隊は動かせない。総帥を経由して、要請や救援を求めることになる。しかし、戦場などでは比較的柔軟にスルーされることが多かった。

 キャラウェイ将軍の野望は、将軍職に収まることではない。総帥の地位に就くことだ。

 過去、皇王が総帥の地位を下賜して、代行させた例がいくつかある。その下賜された例では、主に将軍職を務めた者だった。その為に、キャラウェイは将軍職を欲した。

「ククク、将軍の地位なんぞ、わが輩の野望を成就するための踏み台にしか過ぎん。わが輩は総帥の地位を手に入れ、アイオン族の惑星ペッコ、トゥーリ族の惑星タピオをも征服し、ワイズキュール家を蹴落とし、世界の王となる!」

 壮大な野望を謳い、キャラウェイ将軍は大きくせり出した腹を揺すって高笑いした。すでに、一部の貴族や官僚たちを抱き込み、水面下で動き始めている。

 上下関係、命令が絶対の軍組織を掌握すれば、野望達成など容易い。

 そして、もう一つ潰しておかなければならない存在がある。

 若くして副宰相の地位に居る、ベルトルドだ。本来なら宰相マルックが有していたはずの、あらゆる権限を委譲された行政の長。軍への影響力はないが、行政のトップにいるベルトルドは、目の上のたんこぶに等しい。

 全てが完璧と称されるベルトルドの弱点を、キャラウェイは握っている。その弱点を突いて、即刻ベルトルドを排除する。

 幼い頃からの夢。キャラウェイは、世界征服を夢見て育った。

 しがない食料品雑貨店の子供として生まれ、授かったスキル〈才能〉は大工である。世界征服など無縁のスタートラインだったが、子供時代いじめられ続け、見返したい一心でターヴェッティ学院に入学。卒業して軍に入り、せっせと努力して中将まで上り詰めた。

 小さかった夢は大きく膨らみ、キャラウェイは邁進する。

「さあ、ベルトルドの小僧を叩きのめしてやろうぞ!」

 勝手知ったるなんとやら。案内もなくベルトルドが闊歩するここは、皇王一族の住まうグローイ宮殿に併設されている、皇王が政務を執り行うエリラリンナ宮殿だ。

 エリラリンナ宮殿は、一部の高官のみが立ち入ることを許されていた。

 副宰相の地位を戴くベルトルドは、専用の休憩室を与えられている。更には、専属の使用人も付き、好きな時に出入りが許されていた。

 謁見の間の前にたどり着いたベルトルドは、扉の左右に佇む衛兵たちが開くよりも先に、サイ《超能力》を使って乱暴に扉を開いた。

「一体どういうことだ、ボケジジイ!」

 マントを翻しながら、ベルトルドは颯爽と謁見の間に入った。

 奥の玉座に座っている皇王は、渋面を作って溜め息をこぼす。

「いきなり入ってくるなり、ボケジジイはないじゃろう…」

「ボケたジジイをボケジジイと言って何が悪い!」

 玉座の前に到着すると、皇王の前で膝を折らず、片手を腰に当ててふんぞり返る。

 居丈高で傲慢で高飛車なその無礼な態度に、注意を喚起する者は居ない。侍従を含め、その場に居合わせた人々は、戦々恐々とその様子を見守ることしかできない。ベルトルドを叱り飛ばすことが出来るのは、世界広しといえどリュリュとアルカネットの二人しかいないのだ。

「して、何用じゃ?」

「とぼけるな、ジジイ! 何故ブルーベル将軍を罷免した?」

 やや険のある切れ長の目が、スウッと細められ、ブルーグレーの瞳が皇王を睨みつける。

「……そのことか」

 やれやれ、といった表情で、皇王は再び溜め息をついた。その時、

「その言動を改めんか! 小僧!!」

 突如甲高い怒鳴り声が響き、謁見の間の扉が再び開かれた。

「ぬ?」

 邪険な目つきはそのままに、ベルトルドは肩ごしに振り向く。

 洋ナシ体型というよりは、雪だるまと言ったほうがしっくりくる。デンッとせり出した下腹のせいか、胴回りが丸く見え、その上に丸い禿げた頭が乗っかっているものだから、雪だるまにしか見えない。

 新しく将軍の地位に就いた、キャラウェイ将軍だった。

 先っちょがくるりんと巻いているちょび髭に、剃ったように短い眉毛が、いかにも愛嬌がある。更に太って艶々しているためか、今年60歳にもなるのに、シワひとつ見当たらない。

(坂道で転がしたら、面白そうだな…)

 ベルトルドはひっそりと、心の中で悪態をつく。

「皇王陛下のご寵愛を受けているからといって、図に乗りすぎだぞ小僧!」

 キャラウェイはベルトルドの隣に並んで立つ。身長が165cmしかないキャラウェイは、顎を突き出しベルトルドを必死に見上げた。

 一方、190cm以上の長身をほこるベルトルドは、スラリとした体躯で脚も長い。あまりにもその対照的な二人に、皇王は必死に笑いをこらえていた。

(なんという、忌々しい小僧めが…)

 もちろん、身長差ではない。傲岸な表情も態度も改めず、不躾に見下ろしてくるその目が気に入らない。

(フンッ、まあいい。きゃつをこの場で、その不釣合いな地位から蹴り落としてくれる)

 そうキャラウェイ将軍は胸の内で嘲笑した。

 一方ベルトルドは、

(ふーん)

 呆れたように、小さく鼻を鳴らしていた。

 玉座で笑いを噛み殺していた皇王は、わざとらしく咳払いをする。

「して、何用じゃ、キャラウェイ」

 皇王に声をかけられ、キャラウェイ将軍は慌ててその場に跪いた。

「はっ! 実は陛下に申し上げたい義がございます!」

「ほほう」

「過日、隣におられる副宰相殿の良からぬ噂を耳にいたしまして。そのような不穏な噂など言語道断! 至急出処を掴み、処罰しようとした矢先、このようなものを発見したのでございます」

 皇王の傍近くに控える侍従を手招きし、キャラウェイ将軍は封筒を手渡した。

 侍従は速やかにこれを皇王に手渡し、皇王が中身を抜き取ると、封筒だけを受け取り控えた。

 皇王は一通の書類に添付されたものを見て、大袈裟な溜め息をついてみせた。

「ベルトルドや、そなた、サイヨンマー伯夫人にまで手を出しておったのか」

「ぬ?」

 ベルトルドは大股で玉座に近寄り、皇王の手にしている書類を覗き込んだ。

「……ああ、淫乱夫人か」

 サイヨンマー伯爵は、貴族でありながら商才のある人物で、家督を継ぐ前から家業の商売を手伝い、莫大な富を築いている。その夫人ヘルカは、社交界でも上位の美貌の持ち主として、あらゆる男性との浮名を流していた。

「言っておくが、俺が手を出したわけじゃないぞ、淫乱夫人が手を出してきたんだ」

 ベルトルドは腕を組むと、キャラウェイ将軍をジロリと睨む。

「セックスは上手いが、淫乱すぎるんだ。俺の股間に食らいついて、離れようとしないからさすがに呆れて蹴飛ばした。その件で俺を恨んでるのかな?」

「そんな個人的な恨みなど知らぬ……」

 キャラウェイ将軍は眉をピクピクさせて、ベルトルドを睨み返した。

「しかし女は怖いなあ、堂々と浮気をボケジジイに披露してしまうんだから」

「浮気の証拠写真を見て、開き直ってるそなたのほうが怖いぞ」

「だいたいこれは、俺は後ろ姿で後頭部と背中しか見えないじゃないか。淫乱夫人の乱れ切った喘顔だけは、ハッキリと写っているが」

 それに、と言ってベルトルドは肩をすくめる。

「一体何時撮ったんだコレ? 天蓋付きのベッドだったと記憶にあるんだがな…」

「天蓋に監視カメラでも設置してあったんじゃろ…」

「ああ。悪趣味だなあ~」

 すっかり世間話のように話し始めたベルトルドと皇王を見て、キャラウェイ将軍は予想外の展開に頭を激しく混乱させていた。