【小説】片翼の召喚士-episode07

chapter-1.ライオン傭兵団編
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ライオン傭兵団編-episode07 【片翼の召喚士】

 正午を迎える数分前に、アルカネットは副宰相の執務室に到着した。

 扉前には左右に衛兵が立ち、誰何することもなく、敬礼をしたあとすぐに扉を開いた。

「お邪魔しますよ」

 扉を開けてくれた衛兵たちを労いながら、アルカネットは部屋の奥へと視線を向ける。

「ああん、アルカネット助けてちょーだい!」

 内股で小走りに駆け寄ってきたオカマに、アルカネットは小さく息をつく。

「なんですかリュリュ」

「ンもう、今朝からずーっとあの調子なのよ、ベルったら」

 秘書官のリュリュが、垂れ目を眇めて憤然と言った。

「……まだモフモフしているんですか、ベルトルド様は…」

 リュリュの肩をポンッと叩いて、アルカネットはデスクの前まで行く。そして顔も上げず、デスクの上にある毛玉をいじっているベルトルドに、冷ややかな視線を注いだ。

「そろそろお時間なのではないですか?」

 視線同様に冷ややかな声音を出すアルカネットに、ベルトルドはニコニコと笑顔を向けた。

「おう、そろそろだな」

 言いながら、白い毛玉を両手に抱えて、モフモフ指を動かしている。

 白い毛玉は桜色の前脚でベルトルドの指にしがみつき、墨色の耳をピクピクさせ、機嫌良さそうにヒゲをそよがせた。つぶらな丸い目が、スウッと細められ、頬がぷっくりと膨らむ。

「一体こんなの、どうしたのよ。ペットショップで買ってきたのん?」

「いえ、屋敷に紛れ込んでいたんですよ。今朝ベルトルド様を起こしに行ったら、ベルトルド様と一緒に寝ていました」

 寝相悪くシーツを蹴飛ばして寝ているベルトルドの腹の上に、この白い毛玉が腹ばいになって寝ていたのである。

「いつの間に俺のベッドに潜り込んだんだ? 俺を襲いに来るとは、中々強気じゃないか。モフモフしているくせに」

 いっそうニコニコと微笑んで、ベルトルドは毛玉をデスクに置いた。

「ところでコイツはなんていう小動物なんだ? ネズミ?」

「アタシが知るわけないでショ」

「私も存じ上げません」

「ふむ。じゃあネズミウサギでいいや」

 いいのか!? とアルカネットとリュリュは、無言で顔に書き込んだ。

 チェアの背もたれに深々ともたれかかると、ベルトルドはキョロキョロと室内を見回した。

「あと一人居ないな、シ・アティウスはどうした?」

「調査が終わらないから、戻ってこれないって嘆いていたわ」

「そっか。あいつも見たいだろうなあ。――しょうがない、中継してやってくれ、リュー」

「判ったわ」

「あいつらやっと、現場に到着したようだ」

 先程までの幸せそうな笑みは潜み、険のある目を細めると、にやりと口の端を歪めた。

 サントリナ国の首都ルヤラで、レンタルの荷馬車を借りたカーティスたちは、食料を買い込むと馬車を走らせた。

 ソープワート国との国境沿いへ向けての汽車はない。途中までの汽車も走っていなかった。

「どんだけ仲悪いんだよ」

 御者をするギャリーがボヤくと、皆一斉に頷いた。

 そのため国境まで馬車で移動するしかなく、途中の村で馬を代えてもらい、休憩もそこそこの夜通し強行軍だ。

 依頼がライオン傭兵団にもたらされたのは、ベルトルドがキュッリッキを連れて、アジトへ来た1時間ほど前のことなのである。この依頼自体、実は散々各傭兵団をたらいまわしにされた挙句、最後にライオン傭兵団に押し付けられたものだった。

 仕事の期日がすでにアウトだが、報酬が破格なのでカーティスは引き受けた。自分たちの所ならやれると、確たる自信がある。そうして引き受けた直後に、キュッリッキを紹介されたのだった。

 なんとか目的地に到着した5人は、ぐうの音も出ないほどヘロヘロになっていた。

「さて…、私はサントリナの陣営で待機しています。もしキュッリッキさんが失敗した時、3人は後始末をお願いします。報酬は貰えず、私は縛り首になるかもしれませんが」

「ちゃんとやるわよっ!」

 キュッリッキは肩を怒らせて怒鳴った。あのソープワートの軍勢をどう葬るか、もう算段はついている。

(アタシの実力、見せつけてやるんだからっ)

 これまでも、しっかり力を示してきたのだ。

(お高くとまった傭兵団のほうから、頭を下げてアタシを欲しがるくらい、徹底的にサクッと倒してやるもん!)

 愛らしい顔を引き締め、両手を腰に当てて、岩陰から眼下のソープワート一個大隊を睨みつけた。

「ちっぱい娘のエンジンがかかったようだぞ。安心して行ってこい、カーティス」

「ちっぱいって言うなっ!」

「ヘイヘイ」

 またグーでポカスカ叩かれながら、ギャリーはタバコをふかして笑っていた。

 二人の様子を見てカーティスは苦笑すると、サントリナ軍の陣営に向かった。その後ろ姿を見送りながら、ザカリーはソープワート軍を観察する。

「やーっぱ居るねえ、キャッツフットのおっさんも」

「チャイヴズじーさんとセットだもんね~」

「小さい国だけど、手練が何故か多くて有名だったりするんだ。とくにキャッツフットのおっさんは、戦闘遠隔スキル〈才能〉の持ち主で、遠隔武器を持たせたら敵うものなど状態さ。まあ、オレほどじゃあないにしても」

 キュッリッキに向けてドヤ顔で自己アピールするが、キュッリッキにはきっぱりスルーされる。散々ちっぱいちっぱいとギャリーにからかわれて、ご機嫌ナナメなのだ。

 ザカリーはガッカリ感を両肩に漂わせ、切ない溜め息をこぼしたところで、いきなり頭の中に偉そうな声が響いて目を見開いた。

「えっ!? オッサン?」

 思わず声に出して言ってしまい、怪訝そうな視線がチラホラ投げかけられる。ザカリーはヘラリと笑って、ドサッと座り込んであぐらをかいた。

(誰がオッサンだ、無礼者)

(す、すんませン…)

 遠く離れたハワドウレ皇国から、念話を飛ばしてきたのはベルトルドだった。

(えっと…、オレになんか用っすか?)

 ヘラリと応じ、愛想笑いを念に込める。

(これからキュッリッキの入団テストだろう、その中継にお前の目を借りる)

(あー、なるほど)

(どうせルーファスは、その場にいない他の連中に見せるために、中継をするんだろうからな。それに、お前の目を通した方が確実だ)

(ういっす)

 ザカリーは戦闘の遠隔スキル〈才能〉を持つ。このスキル〈才能〉を持つ者は、非常識なほど視力が良い。1km先の小さなものも、鮮明に捉えることができるのだ。もちろん常にそんな状態では疲れてしまうので、望遠鏡のように視力はコントロール出来る。

 現在地とソープワート軍の距離は、おおよそ400mほどになる。ザカリーにとって、造作もない距離だ。

(それと、テスト相手の様子を説明しろ)

(了解っす。――えーっと、戦力は1個大隊、率いるのはチャイヴズ将軍です)

(ぬ? 大隊程度にチャイヴズ将軍が出張っているのか)

(そうなんっすよ。弓隊のキャッツフット隊長もいるんで、まあ、あの二人は常にセットのようなもんですしね)

(確かにな。仲良し老人コンビ)

 老人コンビなどと言うと、可愛らしいイメージを浮かべてしまいそうだが、戦場では絶対相手にしたくないコンビだと、ザカリーは内心ゲッソリとした。

(全体の戦力は600人あまりっすね。前衛には騎馬兵を置いてますが、イノシシ軍隊の異名を持つサントリナ軍が相手ですから、恐らく中央突破してくるサントリナ軍を、騎馬隊は左右に分かれて誘い込み、魔法隊と弓隊で屠る作戦を取りそうっすね)

(読まれていても、実行してしまうのがサントリナ軍のイイところでもある)

(いや、全然よくねえっす…)

(冗談に決まっている)

(へぃ…)

(あの様子だと、ソープワート軍はいつでも戦闘開始出来そうだな。サントリナ軍が突っ込んでくるのを、待ち構えているのかな?)

(おそらくは。こちらで奇襲を仕掛けるんで、突っ込まないよう、カーティスがサントリナ軍の陣営に行って、話をつけていると思いやす)

(そうか。なら、キュッリッキのお手なみ拝見だな)

 ククッと笑うベルトルドの念話の声を聞きながら、ザカリーはキュッリッキを見る。

 愛らしい顔をソープワート軍に向け、キッと睨みつけている。細っそりとした小さな手をしっかりと握りしめ、攻撃開始の合図を待っていた。

 レア中のレアと呼ばれる召喚スキル〈才能〉。果たしてどのような力なのか、それがもうすぐ披露されようとしていた。

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