【小説】片翼の召喚士-episode015

chapter-1.ライオン傭兵団編
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ライオン傭兵団編-episode015 【片翼の召喚士】

 エーメリ少年は部屋の一角にしゃがみこみ、まめまめしく働いていた。

 彼はオデット姫専属の従者である。なんと、副宰相自らに任命されたのだ。

 シートの外側に撒き散らしてある砂を、小さなブラシでかき集め、砂場に入れる。そして、水入れの中の水を替えて、チモシーグラスを新しいものに替えた。

 次に、部屋中に散らばる姫の粗相のあとを、丁寧に掃除していった。

「エーメリ」

「はっ、はい!」

 突如副宰相に名を呼ばれ、エーメリ少年は鯱張って立ち上がった。

「毎日オデットの世話をありがとう。礼に褒美をつかわす」

「そ、そんな、勿体のうございます!」

「よいよい、こっちへきて、特別に姫の背中を撫でさせてやろう」

 エーメリ少年は目を輝かせて、カクカクと手足を動かして、副宰相のデスクの傍らに立つ。

 恐る恐る手を伸ばし、そのモフモフする背中を、指でそっと撫でた。

 つるん。

 柔らかくしなやかで、すべすべとした指触り。エーメリ少年は感動のあまり、ブルッと身震いした。

「気持ちいいだろう」

「はい! 閣下!」

「なぁに少年で遊んでンのよっ!」

 ゴンッ!

「いでっ」

 丸めた書類で脳天を叩かれたベルトルドは、涙目でリュリュを見上げる。

「痛いじゃないか」

「おだまり。痛いように叩いたのよ。それとエーメリ、あーたも世話済んだら下がんなさい」

「はいっ!」

 飛び上がりそうなほど吃驚していたエーメリ少年は、ベルトルドとリュリュに敬礼すると、世話道具を片付けて、部屋を逃げ出すようにして出て行った。

「未成年にも通じるオカマの恐怖」

「なにか言ったかしら?」

「なにも言ってません」

「お仕事なさい」

「はい」

 ベルトルドはオデット姫をデスクの隅に置いたカゴに入れると、山のように積まれた書類を上からとった。

「あの子は士官候補生でしょ、ペットの世話に抜擢してどうすンのよ」

「オデットが見つけてきて、あの少年がいいと言うんだ」

「ついに小動物の言葉も判るようになったのあーた…」

 胡乱げなリュリュに、ベルトルドは首を振る。

「言葉じゃなく、頭に浮かんだイメージをな、透視したんだ。案の定エーメリ少年相手だと、オデットも機嫌がイイ」

 カゴの中のオデットを見ると、ガーゼのクッションの上で、丸くなって眠っていた。

 ネズミウサギと勝手に称したこの小動物は、チンチラという齧歯類だと判明した。知り合いがたまたま知っていたのだ。

 チンチラが気に入ったベルトルドが屋敷に連れ帰ろうとすると、断固拒否した執事のアルカネットの反対にあい、泣く泣く自分の執務室で飼うことを決めた。そして、その世話係に、士官候補生のエーメリ少年を選んで就けたのだった。

「リスやネズミが嫌いだからな、アルカネットのやつ」

 ハンコをぽちっ、ハンコをぽちぽちっ、サインをササッ、そして書類を積み上げる。そんな作業的業務をこなしていると、ベルトルドは斜め前方にある、小さなデスク前のリュリュを見た。

「なあ、今日はキュッリッキの引越しの日だよな?」

 書類にペンを走らせていたリュリュは、顔も上げず「そうね」とだけ答えた。

「引越し祝いを持って行ってやろうかなあ。何がいいだろうか。そだ、こないだの入団テスト合格祝いも追加で持っていかねばならない」

「メモくれたら、アタシが手配して、業者に運ばせるわよ」

「バカを言うな。この俺自らが持っていかずしてどうする」

「おバカ言ってるのはあーたのほう。仕事は夜まで山のようにあるんだから、余計なコトはしなくてよろしい」

「フンッ! 仕事なんか後回しでじゅうぶんだ! 俺のキュッリッキの大切な日だぞ」

「あの小娘のことなら、メルヴィンとガエルが引越しの手伝いに行って、ちゃんと済ませてるわよ」

「なっ……なんだとぅ!」

 いきり立ってベルトルドは立ち上がる。

「あの青二才と野獣め! 俺のキュッリッキを押し倒して好きにしてるとか許さん!」

「……誰がそんなこと言ったのヨ」

 握り拳がフルフルと震え、端整な顔は嫉妬に歪んだ。

「ベッドに縛り付けてアンナコトやコンナコトをっ! 羨ましい…じゃない! ああ、汚らわしくて口にも出せない事をあいつら~~~!」

「おだまり」

 デスクの引き出しから分厚い住所録帳を取り出すと、サイ《超能力》を使ってベルトルドの顔面に投げつけた。

「フゴッ!」

 サイ《超能力》で加速したため、本来よりも重くなった分厚い住所録帳を見事顔面に喰らい、ベルトルドは黙った。

「妄想劇場そこで閉幕。さっ、デスクの上の書類を30分で片付けなさい。その後予算案の会議よ」

 子供のような仕草でストンッとチェアに座ると、ベルトルドはベソ顔でリュリュを見た。

「なー、リュー」

「おだまり」

「ちょっとだけ……10分だけ」

「その10分で書類の山2つは減るわ」

「じゃあ、5分だけ」

「山1つぶん」

「3分」

「……」

 はあ…と溜め息をつき、リュリュはスクッと立ち上がる。そして、クネッ、クネッと身体をくねらせながら、ベルトルドの傍らに立った。垂れ目を眇め、ベルトルドをジッと見下ろす。

「ベル」

 仰け反りながら見上げてくるベルトルドの顎を、ガシッと力強く掴む。

「最近は遠慮してあげてたけど、あーた、お仕置きが必要なようネ?」

 ガタガタとベルトルドが震えだし、次第にリュリュの顔が妖しく微笑み出す。

「このところ、あーたの暴れん棒を咥えてないから、お口の中が寂しくってン」

「やっ……やめっ」

「会議までの30分、ねっとりお仕置きよ」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなっ」

「おとなしくせんかわれえええええええええええっ!」

「いやあああああああああああああああ」

 悲鳴を上げるベルトルドは床に引っ張り落とされると、リュリュのサイ《超能力》によって仰向けに押さえつけられた。そして、ベルトを外され、勢いよくズボンと下着がずり下ろされる。

「お嫁にいけなくなるうううううっ!」

「問答無用!」

 いつもなら、すぐにドアを開けてくれたのに、今日は神妙な顔で敬礼されただけだった。それが不思議で、シ・アティウスは軽く首をかしげてみせた。

「そ……そのっ」

「バカ、黙ってろ」

 左右の衛兵同士、何やら小声で言い合っている。

「……すまないが、すぐにハンコをもらって、出発したいんだが」

「ですがあ、そのお…」

「ふむ」

 シ・アティウスは眼鏡をかけていて、色付きレンズで表情が判別しにくい。口元にも表情が浮かんでいないから、無表情に見えてしまう。そのシ・アティウスの顔を見て、左右の衛兵は顔を見合わせると、右に居る衛兵が溜め息をついて顔を上げた。

「リュリュ様のお仕置きが、その、始まったようで…」

「ああ、なるほど」

 シ・アティウスは大きく頷いた。

「それなら問題ない。見慣れてるから」

 ギョッとした衛兵たちに、シ・アティウスは小さく笑ってみせた。

「急ぐから開けてほしい」

「わ、判りました」

「ありがとう」

 衛兵たちはドアを開けて、シ・アティウスが入ったのを確認してドアを閉めた。

 シ・アティウスは奥のデスクの方を見るが、ベルトルドもリュリュもいない。部屋を見回すが見当たらない。

「おや、空間転移でどっかいったのかな?」

 困ったように佇んでいると、デスクの奥からリュリュが立ち上がった。そしてシ・アティウスのほうへ目をくれる。

「あらん、シ・アティウスじゃない」

「いた」

 ボソリと呟き、シ・アティウスはデスクのほうへと行く。

「居ないのかと思った」

「あら、ごめんあそばせ。ちょっと、ベルにお仕置きしてたから」

 語尾にハートマークでもつきそうな顔で、ニッコリとリュリュは笑う。心なしか肌がツヤツヤして見えた。

「ベルトルド様は?」

「あン、すぐパンツとズボンはかせるから、ちょっと待っててん」

 嬉しそうな顔でリュリュはしゃがむと、身動きしないベルトルドを着替え直してやる。

「もうお仕置きすんだのか」

「ええ、美味しかったわ」

「そうか」

「見たかったの? あーたも好きねえ」

「いや、見たら暫く笑いが止まらなくなる」

「あら失礼しちゃう。アタシの口は、とぉーっても上手いンだから」

 拗ねたようなリュリュから目を背け、

「オカマは怖いな…」

 囁くように呟いた。が、

「なんか言った?」

「いや、なにも」

 オカマは地獄耳、と胸中でさらに呟く。

「ちょっとベルぅ、シ・アティウス来てるわよ」

 リュリュが顔をペチペチ叩くが、ベルトルドは魂が抜けたように気絶して、白目をむいていた。昇天するほど気持ちよかったのねン、などとリュリュは嬉しそうにベルトルドの顔を舐めていた。

「起きそうもないな、すまないがハンコ勝手に借りるぞ。時間がない」

「イイケド、例のソレル王国の?」

「そうだ。ナルバ山の遺跡調査へ行ってくる」

 シ・アティウスは勝手にハンコにインクをつけて、書類にペタペタ押しまくった。