【小説】片翼の召喚士-episode014

chapter-1.ライオン傭兵団編
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ライオン傭兵団編-episode014 【片翼の召喚士】

 朝6時、キュッリッキは目を覚ました。

 暫く天井をぼんやり見ていたが、ここが自分の部屋だと気づいて目を眇める。

「いつの間に帰ってきたの…かな」

 昨夜、ライオン傭兵団の入団歓迎会をしてもらっていた。食べろ!飲め!騒げ! で盛り上がり、途中から意識がなくなった。歩いて帰ってきた記憶がない。

 雰囲気に飲まれて、あまり酒も料理も口にしていない。でも、とても楽しかったのは覚えている。あんなふうに初対面の人や、まだそんなに話したこともない人と、笑い合ったり喋ったり、初めてのことだ。

「えへへ、アレが、新しい仲間かぁ~」

 口にするだけで、くすぐったい気持ちに包まれた。

「仲良くできるとイイナ」

 首を引っ込めて、シーツで顔半分を覆う。楽しかった余韻が、身体のあちこちに残っていて、とても気分が良い。今日は良い事がありそうだ。

「さて、とりあえずシャワー浴びようっと」

 キュッリッキは身体を起こし、ベッドから出ようとして動きを止めた。

「え……」

 床に座り込んでいる男が二人、目の前にいる。

 メルヴィンとザカリーだ。

「え…え……えっ………きゃあああああああああああああああああっ!?」

 アパート中に轟く大声で悲鳴を上げた。

 少しすると、建物を揺するほどの、ドタドタドタドターッという足音を鳴り響かせ、人生の大先輩”おばちゃんズ”が、ドアを蹴破って雪崩込んできた。

「大丈夫かいキュッリッキちゃん!?」

「誰だい女の子に悪さしに来ている奴は!!」

 鉄製のフライパン、ステンレスの鍋、オタマ、包丁などを手にし、同じアパートに住む”おばちゃんズ”たちは、勇ましい姿で憤然と叫んだ。

「そこのアヤシイ2人だねっ!」

 ビシッと指をさし、”おばちゃんズ”は問答無用聞く耳持たずで、メルヴィンとザカリーに襲いかかった。

 呆気にとられていた2人は、目を白黒させている間に、散々ボコられた挙句、縛り上げられてしまった。

「い、一体何事ですか…」

 包丁の切っ先を突きつけられて、メルヴィンは冷や汗をかきながらようやく声を発した。ザカリーと背中合わせに縛られている。

「こんな色男が、何を不自由してんだか。か弱い女の子の部屋に夜這いならぬ朝這いするなんてさ。キュッリッキちゃんはね、まだまだウブで世間知らずなんだ。それを大人げないったらないねえ」

「朝這いって!?」

 ベッドのほうを見ると、ベッドの上にぺたりと座り込み、ベソ顔のキュッリッキが自分たちを見ている。それでやっと、この事態に気づく。

「ザカリーさん…」

 声を潜めてザカリーに声をかけると、情けないため息が返された。

「オレら寝ちゃってたみたいだな」

「ええ、さらに迂闊でした」

「なあにコソコソ話してんだい!」

「ヒッ」

 振り下ろされた包丁が、1ミリスレスレの位置でピタリと止められた。ザカリーは今にも泡を吹きそうである。そこへ、

「大丈夫か、リッキー!」

 血相を変えたハドリーが、転がる勢いで駆け込んできた。

「おはようございます、ご婦人会の皆さん」

「ハドリーちゃん、おはよう」

 狭い部屋に”おばちゃんズ”が5人、床に縛られている男が2人。それを忙しく見やりながら、奥のベッドに座り込んで、ベソかいているキュッリッキのところへ向かう。

「リッキー」

「はどりぃ」

 ハドリーが頭を撫でてやると、キュッリッキは大きくしゃくりあげた。

「目が覚めたら、メルヴィンとザカリーが、部屋で寝てたの、ヒック」

「ん? 知り合いなのか?」

「ライオン傭兵団の人」

「へ?」

 ハドリーはメルヴィンのほうへ顔を向けると、メルヴィンが困った顔で頷いた。

 なにか誤解が生じている、と気づいたハドリーは、肩で息をつくと、ヤレヤレと首を振った。

「ご婦人会の皆さん、どうやらリッキーの早とちりっぽいです」

「おや?」

 恰幅のいい女が、目をぱちくりさせる。

「えと、そこの人、事情を話してもらえますか」

 メルヴィンに向けて言うと、メルヴィンは「はい」と頷いた。

「オレはライオン傭兵団所属のメルヴィンといいます。後ろの彼はザカリー。昨夜キュッリッキさんの歓迎会があったんですが、彼女が寝てしまったので、二人でこちらのアパートまで送ってきたんです。ですが、鍵を掛けて出ていけなくて、せめて彼女が起きる朝までは、居なくてはと留まったんですが、不覚にも寝てしまいまして……」

「つまり、施錠出来ない部屋で、無防備に寝ている状態にしておけなかったわけですね」

「ええ」

「なるほど」

 事情が判って、ハドリーは苦笑した。そして”おばちゃんズ”に顔を向ける。

「彼らはリッキーを守って居てくれたようです。ただ、途中で寝ちゃったようですが」

「おやまあ、そうだったのかい」

「朝っぱらからお騒がせしたようで、すみません」

 ハドリーが申し訳なさそうに頭を下げると、”おばちゃんズ”はケラケラと大笑いした。そして、メルヴィンとハドリーを縛っていた縄を解いた。

「じゃあ、あたしらは戻るよ。亭主の朝飯を作んなきゃね」

「洗濯もしないとだ」

「おまえさんたち、叩いてすまなかったね」

「キュッリッキちゃん、何事もなくて良かった。困ったらすぐあたしらを呼ぶんだよ」

「ありがとう、おばちゃんたち」

 ”おばちゃんズ”はメルヴィンとザカリーに詫びて、賑やかに部屋を出て行った。

「すげえババアどもだった……」

 立ち上がりながら、ザカリーが悪態をついた。

「ごめんね、メルヴィン、ザカリー」

 事情が判ったキュッリッキも、しょんぼりしながら素直に謝る。

「いいえ。我々も迂闊でした。せめて部屋の外で待機していればよかったんですが、うっかり寝ちゃいまして…。そのせいで驚かせてしまって、こちらこそごめんなさい」

 優しく微笑みながら言うメルヴィンに安堵して、キュッリッキは肩の力を抜いた。

「それにしてもよう、あのババアども、マジ凄かったな」

「ああ、彼女たちは戦闘スキル〈才能〉を持つ、元傭兵出身者なんです」

「マジすか…」

 頷いてハドリーは笑った。

「傭兵夫婦がこのアパートには結構住んでいて、この界隈の自警団もやっているご婦人会のメンバーなんっすよ」

 ハーツイーズ街には、沢山の船が乗り入れる港がある。表向きの目的、そして、裏目的の密航者や犯罪者もまた、多く入ってくる。皇国の警務部の目をかいくぐって、街の安全を脅かす存在を取り締まるのも、ボランティアのご婦人会の仕事なのだ。

「リッキーはまだ子供だから、彼女たちもいつも気遣ってくれていて。あんな悲鳴をあげるもんだから、吃驚して考えるより駆けつけてきたんでしょうね、たぶん」

「そうですね」

「まあなんにせよ、何事もなくて良かった。お二人もリッキーを送ってくれて、ありがとでした」

「いえ。じゃあ、オレたちも帰りましょうザカリーさん」

「ンだな」

「キュッリッキさん、また」

「またな」

「うん。ありがとう、メルヴィン、ザカリー」

「オレは2人を下まで送ってくるよ。朝飯一緒に食いに行こう」

「判った」

 メルヴィン、ザカリー、ハドリーが部屋を出て行ったあと、キュッリッキは大きな溜め息をついた。

「そうだメルヴィンさん、一つ頼みがあるんですけど」

「なんでしょう?」

「来週アイツの引越し、手伝いにきてやってくれませんか? オレ仕事の都合でどうしても時間つきそうもないんですよ」

「そんなのお安い御用ですよ。任せてください」

「助かります。荷造りは済ませておくんで」

「オレも手伝うぜ!」

 ザカリーが意気揚々と申し出ると、それに頷きかけて、メルヴィンは「ん?」と首をかしげる。

「ザカリーさんはダメです」

「な、なんでだよ?」

「ザカリーさんも来週早々に、仕事が入ってますよ」

「……あ」

 それを思いだして、ザカリーは頭を抱えて悶絶する。それを苦笑げに見やって、メルヴィンはハドリーに一礼した。

「それでは。行きましょうザカリーさん」

「おう」

 ザカリーも軽く手を振って、停留所のほうへ歩いて行った。

 2人の去っていく姿を見送りながら、ハドリーは安堵していた。

 凄い凄いという噂話ばかりで、そこに所属するのが、どういう人間たちなのか判らない。けど、実際接してみて、少なくとも、彼らのことは信じてもいい気がしていた。

 人見知りするキュッリッキを慮って、わざわざアパートまで送ってきてくれた。そして、彼女の身をあんじて留まってくれた。

 ライオン傭兵団の中で、安心してキュッリッキを託せる相手を見出すことができて、ハドリーは心から安心していた。