【小説】片翼の召喚士-episode010

chapter-1.ライオン傭兵団編
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ライオン傭兵団編-episode010 【片翼の召喚士】

「お待たせー」

 10分ほどで身支度を整え下に降りると、ハドリーが待っていた。

「港んとこの《うみぶた亭》へ行こうぜ」

「うん、そうしよう」

 魚介類をメインにした、シーフード料理の専門店だ。港から直接素材を買い付けているので、安くて新鮮で、二人のお気に入りの店でもある。

「何の仕事だったんだ? えらく半端な時間に帰ってきて」

「うーんと、仕事兼入団テストだったの」

「へ?」

「最初から話すと、アタシね、ライオン傭兵団にスカウトされちゃった」

 暫し間を置いたあと、

「はあああああああああああああっ!?」

 周囲に轟くほどの大声を上げて、ハドリーはキュッリッキを凝視した。

「ライオン傭兵団からお声がかかったのかよ、すっげー」

「うんむ」

 ハドリーはキュッリッキより5つ年上で、同じくフリーの傭兵だ。傭兵ギルドに登録はしているが、傭兵団などには属さず、気楽にフリーを続けている。それでも、入りたい、もしくは共闘したい筆頭に、ライオン傭兵団を挙げるほど憧れていた。

 羨望の眼差しを注ぎつつ、ハドリーは納得したように深く頷いた。

「やっぱ召喚スキル〈才能〉に目をつけられたんだろうな。あれだけの凄腕集団なら、リッキーの力を欲しがるはずだ」

「アタシの召喚を見て、ぽかーんとしてたよ」

「そりゃそうだべ。魔法やサイ《超能力》とも比較できない、最早、次元が違うモンだからなあ」

 キュッリッキの召喚を、ハドリーは何度か見ている。圧倒的な力というものがあるとすれば、召喚によるものだと断言できるほど、それは凄まじい力であるとハドリーは思っていた。

「ギルドから仕事の依頼だって連絡もらったけど、依頼主に会ったらスカウトだったの。ベルトルドさんっていってね、すっごくハンサムで、優しい人だった。怖い雰囲気は滲み出てたけど」

「……リッキー、今、誰と言った?」

「ん? ベルトルドさん?」

 ハドリーは男らしい眉を寄せて、抑えるように声を絞り出した。

「落ち着いてよく聞けよ。その名前は、ハワドウレ皇国副宰相の名だ」

「…………………にゃ?」

 ハワドウレ皇国副宰相ベルトルドは現在41歳で、副宰相に叙されたのは、僅か18歳だったと言われている。

 国政を担うエリート養成機関ターヴェッティ学院を、歴代1位の首席で卒業するほどの天才で、生まれ持ったスキル〈才能〉はサイ《超能力》、歴史上滅多にいないOverランクだという。

 容姿も格段に優れており、貴婦人たちを虜にしてやまず、社交界では”白銀の薔薇”とも呼ばれている。

 しかし世間的に最も有名なのは、”泣く子も黙らせる副宰相”という通り名だ。

 泣いている子が泣き止むのを待つ時間がもったいないので、早急に問答無用で黙らせる、という事実が込められていた。

「色々な逸話や伝説が尾ひれにつきまくる御仁だが、何にせよ、物凄い大物であることは間違いない」

「うわあ……、ベルトルドさんって、凄いんだねえ~」

 一昨日会った時の印象では、優しくてちょっと面白いおにいさん、という感じだった。でも、おにいさんどころではなく、オジさんな年齢にはちょっと驚いた。

「そうかあ、ライオン傭兵団の後ろ盾は、かなり強い権力を持ったやつだって噂はあったんだが、まさか副宰相が後ろ盾をしているとはなあ」

 ハドリーはゲッソリと肩を落とした。強いどころか最強である。

「現在の宰相は高齢とかで、皇王から全権を委譲されて、副宰相が事実上の国政の長だとも言われてるんだ。んで、身軽になった宰相の仕事は、皇王の茶飲み話の相手だってよ」

「ふ~ん、でもそれなら、ベルトルドさんが宰相に就いちゃったら早いのにね。世間話するだけなら、引退しても出来るじゃない、宰相?」

「普通はそう考えるけどな。宮仕えのアレコレは、オレみたいな傭兵風情には判んねえ」

「アタシも判んないや」

 揃って肩をすくめたところで、《うみぶた亭》に到着した。

 店内はお昼どきで混雑していたが、ちょうど入れ替わりで待つことなく、二人は港が見渡せるテラス席に通された。

「アタシ、カニと海老のクリームパスタ」

「オレは海老フライセット、ライスのほうで」

 メニュー表を見ることなく、いつものメニューをオーダーする。

「仕事とテスト?は、ちゃんと出来たのか?」

「うん、度肝を抜いてやったもん」

 自信たっぷりに言うキュッリッキに、ハドリーは破顔する。

「じゃあ入団決定したんだな。おめでとう」

「えへへ、ありがとう」

 にこっと笑ったところで、キュッリッキはすぐに表情を曇らせた。

「でもね、またいつもみたいに、失敗しちゃったらどうしようって、不安なの」

 キュッリッキの言う失敗のことは、ハドリーもよく判っている。ハドリーはキュッリッキの数少ない友人の一人だ。失敗して舞い戻ってくるたびに、慰め、励ましているのだから。

 キュッリッキは孤児だ。しかし、些か特殊な例の孤児である。

 生まれてすぐ捨てられ、あろうことか世間は両親の行いを評価し賞賛した。普通なら考えられないことだ。そして一番残酷なのは、そのことをキュッリッキは物心着く頃から聞かされてきた。世間は隠すことなく、両親を賛美し、キュッリッキを貶めたのだ。

 幼い頃を孤児院で過ごし、そこを飛び出したキュッリッキは、傭兵の世界へと身を投じる。守ってくれる大人もおらず、愛情を注いでくれる大人もいない。寂しい世界を一人で生きてきたキュッリッキにとって、家族や親のことに触れられるのは、耐え難い苦痛なのだ。

 折につけて家族や親のことが話題に出れば、キュッリッキは我慢を強いられ、耐えて耐えて話題が終わるのを待つしかない。それなのに、水を向けられたら、キュッリッキにはどうしようもない。

 行き場のない怒りや悲しみなどの感情が爆発し、傍から見れば、それは意味不明の子供の癇癪だ。感情を爆発させたキュッリッキの心の奥深くなど、他人は知る由もない。

 美しい顔を怒りで醜く歪ませ、思いつく限りの罵詈雑言を撒き散らす。他人の制止する声も耳に届かず、ところかまわず暴れた。

 やがて落ち着いてくると、待っているのは周囲の冷たさだった。

 大人たちは白い目と心を抉る言葉、態度をキュッリッキに投げつけた。彼女が何故、そんな態度に出たのか、知ろうともしない。理解しようともしなかった。

 そうして居場所をなくし、自ら抜けてくる。細い肩をさらに細くして、目に涙をいっぱい浮かべて帰ってくるのだ。

 ハドリーはたった一度だけ、そうした場面に立ち会ったことがある。そしてそれが、初めての出会いでもあった。

 暴れている時のキュッリッキには本当に驚いたが、やがて正気に戻ったキュッリッキの、あまりにも落ち込む姿に同情した。潮が引くように周りがキュッリッキを遠ざける中、ハドリーは声をかけたのだ。

 それ以来の付き合いで、もう3年になる。

 最初は中々心を開いてくれなかったが、半年位経った頃、少しずつ自分の身の上を話してくれるようになった。それでキュッリッキの過去を知る。

「リッキー、まだ、始まってすらいない」

 いつもの穏やかで、言い聞かせるようなハドリーの口調に、キュッリッキは面を上げる。

「また失敗するかも、でも、大丈夫かもしれん。なにせ、相手は傭兵界トップのライオン傭兵団だぞ。リッキーがちょっと暴れたくらいで、動じるほどヤワな連中じゃないさ。話を聞いてる限りじゃ、結束が強そうだから、きっと違う目が出るかもだ」

「う、うん」

「失敗したら、また帰ってくればいい。アパートの部屋は、リッキーが落ち着くまでは、そのまま空けておくようギルドには話をつけといてやる」

「うん。ありがと」

「ただ、がっぽり稼いでくるまでは、気合で堪えろよ?」

「へへっ、判った」

 ようやくキュッリッキの顔に、笑顔が戻った。それを眩しげに見やって、ハドリーは心の中で呟く。

(オレにはリッキーの過去は重すぎて、一緒に背負うことはできない。でも、今度はリッキーを本気で支えてくれる奴が現れるかもしれない。ライオン傭兵団と副宰相がついているんだからな…)

 《うみぶた亭》で食事を終えた二人は、市場で食材をそれぞれ買い込んだ。あまり料理はしないが、外食ばかりだと出費がかさむので、なるべく自炊するようにはしている。

 雑談をしながら港をぶらついて、二人は帰路に着いた。

「引越しは何時なんだ?」

「来週にする予定」

「今週は仕事もないし、暇してるから荷造り手伝うよ」

「ありがとう、助かる~」

「来週は恒例の仕事が入ってるから、荷運びが手伝えるかどうかだな」

「それほど多くはないし、手押し車借りたら、自分で運べると思う」

 ごく当たり前のように言われて、ハドリーは眉間を寄せる。

「……やっぱ心配だな。時間の都合つけて手伝うわ…」

「タブン大丈夫だと思うんだけどなあ」

 キュッリッキは自覚していないが、かなり非力である。それが判っているハドリーは、上り坂で難儀しているキュッリッキが容易に想像できて、不安でたまらない。

 馬車を借りればいいが、生憎、街の中で馬車を操るには、専用の免許が必要になる。ハドリーは持っているが、キュッリッキは持っていなかった。

 アパートに着いた二人は、そこで別れてそれぞれの部屋に戻った。

 食材を保冷箱に入れて、お茶を沸かす。ご近所の主婦からもらった紅茶で、香りがとてもいい。

「おばちゃんたちとも、暫くお別れかあ」

 人生の大先輩である”おばちゃんたち”は、人見知りなキュッリッキを、温かく迎えてくれ、時々他愛ない差し入れもくれたりする。

 癇癪を起こして失敗すればすぐ戻ってくることになるだろうし、つつがなく続けていければ、お別れになってしまう。

 複雑な思いと寂しさに、ちょっとうるっときて、キュッリッキは頭を振った。

「せっかく凄いとこに入れたんだし、頑張らなくっちゃね!」

 両手の拳をギュッと握って、気合を入れたところで、お茶が沸いた。

 お茶を飲み終えると、ベッドに足を投げ出して座り、キュッリッキはボーッとしていた。連日馬車での移動が、ちょっと身体に堪えているようだ。なんとなく疲労感に包まれていてダルイ。

 窓の外に見える空は、だんだんと青みを薄くし、オレンジ色や紫色が侵食し始めている。夕刻だった。

「今日はもう、動きたくないかも…」

 疲れたように言うと、コンコンっとドアを叩く音がして、小さく首をかしげた。

「? 誰だろう」

 ハドリーなら、あんな上品なノックはしない。もうひとりの友人も、ノックは派手なほうだ。

 出ないわけにもいかないので、キュッリッキは小走りに玄関ドアへと駆け寄った。

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