第七話:メイズリーク伯爵家の秘密
昼も夜も関係なく、イザークには自分で決めた時間に、庭をパトロールする任務がある。ルートは必ず決まっていて、勝手に入り込んだ者はいないか、異常はないか、しっかり見回るのだ。
雨の日も雪の日も欠かさず、イザークは毎日立派に任務をこなしていた。
夜のパトロールを終えて、自分に与えられた庭の森の四阿へ戻ってくると、いつもとは違う先客が来ていて椅子に座り込んでいた。
インドラだ。
イブニングドレスを着て、元気がない様子で俯いている。
いつもならアンジェリーンが来ていて、イザークが戻るのを待っているのだが、今日はインドラが待ってくれている。それが嬉しくて、イザークは尻尾を振りながら駆け寄った。
イザークが戻ってきたことに気づいたインドラが、寂しそうに微笑みながら顔を上げた。
「おかえりなさい、イザーク。見回りご苦労様でした」
膝の上に顔を乗せ、上目遣いで見上げてくるイザークに、インドラは優しく笑う。そして、尖った耳を邪魔しないように、優しく頭を撫でてやった。
イザークはひとしきりインドラに甘えたあと、足元に身を伏せた。
「ねえイザーク、聞いてくれる? あのね、わたしね、この伯爵家の養女になったのですって…」
イザークは顔を上げ、黒い瞳でまっすぐインドラを見つめる。
「毎日食べるものにも困っていた、貧しい家に生まれ育ったわたしが、貴族の家の子になるなんて……。正直言うと、怖いの」
膝の上に重ねた手が、小さく震えている。
「ご奉公へきたのだと思っていたから、お嬢様のように扱われることも、お勉強もがんばれたの。お城にいることも、これはお仕事なのだからって思っていたから、平気でいることができた。でも今は違う……とてもとても場違いな気がしてならない。貧しい生まれのわたしには、不釣合いな場所なの」
だんだん涙がこみ上げてきて、手の甲にぽたぽたとこぼれ落ちた。
「急にお城が怖い場所に思えてきちゃったの。わたし、どうしたらいいの」
ついに顔をおおって、インドラは肩を震わせ泣き出してしまった。
イザークは気遣うように鼻で鳴いたが、インドラはシクシク泣き続けている。
「インドラ……」
突然インドラの肩に大きな手がおかれ、そのまま抱き寄せられた。
「あ…」
大きくて広いその胸には心当たりがある。毎日ダンスのレッスンで見ているから。
「アンジェリーン」
涙に濡れた顔を上げると、気遣わしげに見ているアンジェリーンと視線が重なった。
「泣かないで」
短く、でも、とても優しい声でアンジェリーンは言った。
「君がこんなに苦しむとは思わなかったんだ。どうか、泣かないで欲しい」
よりいっそう強く抱きしめられ、インドラはびっくりしてしまった。でも、落ち着いてくると、アンジェリーンの胸の温もりが気持ち良い。そして、ふとアンジェリーンの言葉に疑問が浮かんだ。
「苦しむとはって、何のことなの?」
ハッとした顔になったアンジェリーンは、森の闇に視線を泳がせていたが、目を閉じ、ゆっくりと開いた。
「君に話しておきたいことがあるんだ。君には知る権利があるから」