【小説】眠りの果てに 第三話:パヴリーナとアンジェリーン

眠りの果てに(完結)
この記事は約3分で読めます。

 フォークやナイフの種類や、食べる順番を覚えながらの食事は困難を極め、食事が怖いものだと錯覚しそうになって、初日から大変な思いを味わった。

「ふふふ、行儀作法といったものは、最初は大変かもしれませんが、慣れてくると自然に振る舞えるようになりますよ」

「はい、努力します」

 慰められながらパヴリーナに案内されダンスホールへ行くと、オリエル窓の棚状部分に座り込んで本を読んでいる青年が待っていた。

「お待たせしました」

 パヴリーナが青年に声をかけると、俯いて本を読んでいた青年は顔を上げて小さく頷いた。

「紹介しますね。彼はアンジェリーン、大学生ですがここでアルバイトをしています。彼にはお嬢様のダンスのお相手をつとめてもらうことになります」

 アンジェリーンと呼ばれた青年は、本を閉じて棚状部分から降りると、無言で歩いてきた。そしてインドラの前に跪くと、手の甲に軽くキスをした。手の甲から伝わってくる、柔らかな唇の感触に、インドラはドキリとして顔を赤らめる。こんなふうに男の人から挨拶をされるのは初めてのことだから。

 艶やかな明るい茶色の髪と、やや線の細い整った顔立ちをしている青年。スッと立ち上がるとインドラの頭二つ分は背が高く、見上げるようにしてアンジェリーンの顔を覗き込んだ。

「よろしく」

 そう短く発する声は低く、どこか寒々しい響きを帯びている。

「よろしくおねがいします」

 慌てたようにインドラが挨拶を返すと、アンジェリーンはにこりともせず、インドラの手を取り、もう片方を背に回す。

「え、あの」

 狼狽えるインドラにはお構いなしに、アンジェリーンはいきなりワルツのステップを踏み出した。

 音楽は流れていないが、アンジェリーンの耳には聞こえているかのように、流麗なステップでホールの中を優雅に舞っている。しかしインドラはワルツなど当然踊ったこともないので、アンジェリーンに振り回されながら、まるで人形のようにくるくる舞わされていた。

 ようやくアンジェリーンが足を止めると、インドラは荒く息をつきながらアンジェリーンにしがみついていた。

「いきなり一曲分を通しで踊らせるなんて、無茶ですよアンジェリーン」

 パヴリーナが嗜めると、アンジェリーンは軽く肩をすくめただけだった。

「たいへん失礼しました。今のがワルツです、お嬢様」

 申し訳なさそうにパヴリーナに謝られて、インドラは首を横に振った。

「ちゃんと踊れなくてすみませんでした。難しそうだけど、頑張って覚えます」

 インドラがあまりにも真剣な表情で言うので、これまで表情が乏しかったアンジェリーンが、堪りかねたように顔を歪めて吹き出した。

「笑うなんて失礼です!」

「想像以上に素直だな」

 おかしそうにひとしきり笑うと、インドラに向けたその表情かおは、とても優しい色に包まれていた。

「基礎を教えるから、しっかり着いてこい」

「は、はい!」