【小説】眠りの果てに 第拾一話:眠りの魔女

眠りの果てに(完結)
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第拾一話:眠りの魔女

 光の精霊リリアナと、闇の精霊イヴォナが指し示した道を走るインドラとイザークは、段々と近くなる城の大きさに目を見張った。

 メイズリーク伯爵家のエルド城も大きくて立派だが、眠りの魔女の住まう城はそれ以上の大きさで圧倒的だ。

 外壁は鏡のような光沢があり、夜空の濃紺を写し取ったような不思議な色合いをしている。そして、先端の尖った、まるで大きな鉛筆のような形の塔が、沢山沢山並んでいて、それが円を囲むように建っていた。

「まるで、大きな冠みたいだわ」

 昼とも夜とも判らない景色の中に、巨大な王冠のような城。

 あの、異様な髪の色をした魔女の住む城。

 やがて大きな門の前に着いたインドラとイザークは、門が固く閉ざされているのに気づいて足を止めた。

 門は太い鉄の棒で出来ていて、先端は鋭く尖っている。鍵や閂は見当たらず、溶接したようにぴったりと固くくっついていた。

 城を囲む柵も同じように太い鉄の棒を並べているものだが、先端が尖っていてよじ登るのも飛び越えるのも危険だった。

「どうしましょう、お城はもう目の前だというのに」

 門を両手で掴んだまま、インドラは俯いて唇を噛み締めた。

 ――こうしている間に、魔女によってアンジェリーンまで眠りにつかされてしまう。

 インドラは顔を上げると、キッと城を睨んで頷いた。

 履いていた布の靴を脱ぎ、寝巻きの裾を掴んで大雑把に結んでガウンを脱ぎ捨てた。そして両手でしっかり門を掴み、勢いをつけて門をよじ登り始めた。

 大胆な行動に出たインドラに驚いたイザークは、どうしていいか判らず、オロオロと門の前を歩き回った。

 門の先端は鋭く尖っていてとても危険だ。しかしインドラは、それに臆することなく登りきると、寝巻きの裾を引っ掛けないように注意して飛び降りた。

 着地の際によろめいて、石畳の上を転がりながら、なんとかインドラは無事門を越えることに成功した。

 したたか打ち付けた腕の痛みに耐えながら身体を起こすと、インドラは門に小走りに駆け寄り、イザークに微笑んだ。

「イザーク、ここで待っていてね。必ずアンジェリーンを取り戻してくるから」

 イザークは一緒に行けないことを悔しく思いながら、インドラを応援するように力強く吠えた。そんなイザークの気持ちを受け取ったインドラは、もう一度深く頷いて立ち上がった。

 門から城へ続く道は短かった。モザイク模様の石畳を小走りに駆け、装飾の一切ない鉄の扉の前にたどり着いた。

 インドラは扉をノックするか迷いに迷ったが、すでに門を勝手に越えてきているので、失礼を承知でノックなしに扉を開けることにした。

 鉄で出来ている扉は重く、軽く手で押しただけでは開きそうもない。でも、身体で押すように力を込めると、ギギギと音を立てながら扉はゆっくりと開き始めた。鍵がかかっていなかったのは幸いだった。

 人一人入れるくらいの隙間が出来て、インドラは滑り込むようにして入り込んだ。

 城の中は薄暗かった。ロウソクの灯りひとつなく、月明かりもない。しかし、床や壁が淡い光を放っていて、それでどうにか辺りが見える。

「アンジェリーンはどこにいるのかしら」

 両手を握り締め、アンジェリーンの気配を探ろうとする。

 エルド城で感じた、魔女の不愉快な感覚を思い出す。そのときと同じ感じがする方へ向かえば、アンジェリーンもきっとそこにいるはず。

 やがて、魔女の不愉快な感じがする方角が判ると、インドラは迷わず踏み出した。

「ほとほと、勘のいい子だこと」

「えっ?」

 ハッと目を見開くと、いつの間にか目の前にレディ・ヴェヌシェがいる。

「とんだお転婆だねえ、大人でも断念するような、あの門を越えてくるなんて」

 長椅子にゆったりと寝そべりながら、レディ・ヴェヌシェは面白そうにインドラを見ている。いつの間に魔女のもとへたどり着いたのか、一瞬の出来事にインドラは目を丸くした。どうやってこれたのか不思議に思ったが、たどり着けたのだから、することは一つだ。

「お願いします、アンジェリーンを返してください!」

 レディ・ヴェヌシェの足元に身を投げ出すように伏したインドラは、床に額を擦りつけるように頭を下げ懇願した。

 額や掌から伝わってくる床の冷たさは、まるで氷のようである。あまりの冷たさに、体中が刺されるように痛んだ。でも、インドラは歯を食いしばり懇願し続けた。

「お前がどんなに頼もうと、わらわはアンジェリーンを返す気はないよ」

 言い放つ声は素っ気ない。

「しつこいくらいのお前の根性は見上げたものさ。そこは褒めてやろう。じゃが、もうじきわらわは眠る。アンジェリーンと共に100年の眠りにつくのじゃ」

 100年の眠り。まだ15年ほどの年月しか生きていないインドラには、想像もつかない年数である。そんなにも長い年月を、眠りに費やすなど、考えただけでも恐ろしい。まして、アンジェリーンは5歳の時に生贄になる運命を告げられ、辛い20年を送ってきた。

「我が子の身を捧げてまで、あなたのお力に縋った伯爵様の判断は、けっして許されることではないと、わたしは思います。当時5歳だったアンジェリーンには、拒否することすら出来なかったのですから。大人たちの勝手な取り決めの犠牲になったのです。そのことを酌んで、どうかアンジェリーンを返してください」

 頭を下げたままのインドラを見つめていたレディ・ヴェヌシェは、眉間をわずかに寄せると、小さく息を吐いた。

「わらわは魔女。魔女にとって大切なものはなにか、お前は知っているかえ?」

 突然の問いかけに、インドラは頭を上げ、困ったように首を横に振った。

「契約じゃ。これを守ることが、一番大事なのじゃ。そこにどんな情状があろうと関係ない。もし契約を破れば、わらわは消える」

 その言葉に、インドラの心は激しく動揺した。

「魔女というのはそういうものなのじゃ。それが判った上で、尚お前は、アンジェリーンを返せと申すか? わらわに消えろと、そう言うのかえ?」

 冷たい光を宿すレディ・ヴェヌシェの瞳に見据えられ、インドラは困惑して目を伏せた。

 アンジェリーンを返せと言い続けることは、レディ・ヴェヌシェに消えてしまえと言っていることと同じ。それは、あまりにも残酷なことではないだろうか。

 レディ・ヴェヌシェは約束を、契約を守り果たしただけなのだ。アンジェリーンを返して欲しい、助けたいと思うのは、インドラの都合で身勝手な我が儘。

 アンジェリーンを助けると口に出し、心に固く決めていたことだったが、魔女の真実を知った今、インドラの心は激しく混乱してしまっていた。

第拾一話:眠りの魔女 つづく