第二話:利子と英雄

「ねーねーリシっち、今からゲーセン行かない?」

「あー、ゴメーン、今日は用事あっから、今度誘って」

「おっけー、また月曜にネ」

「またー」
授業も終わり、帰宅する者、部活動へ行く者、次々と生徒が教室から出て行く。
利子は教科書の入っていないカバンを持つと、窓際の一番後ろの席へ向かう。

「ヒーロー、一緒にレンタル屋付き合ってよ」
カバンに教科書やノートを詰めていたヒーローこと、英雄は顔を上げる。

「DVDでも借りるのか?」

「そそ」

「判った」
カバンのフタを閉じて、英雄は立ち上がった。

「利子」

「にゅ?」

「数学と国語の宿題出てただろ。教科書とノートをカバンに入れろ」
真顔の英雄に見下ろされ、利子は明後日の方向へ視線を泳がせた。

「月曜の朝、愛ちゃんに写させてもらうから、いいんだもーん」

「お前な…」
英雄の小言は校門を出るまで続き、利子はうんざりとため息をつく。

「宿題なんてマジメにやったって、人生になんの影響も与えないよう」

「人生に影響はなくても、成績に影響を与える」

「むぅ」
利子と英雄は幼稚園に入る前からの幼馴染で、高校も同じところに入り、教室も一緒だ。
兄弟同然に育った2人は、何かと一緒にいる。しかし周囲からは、2人の間に春めいた雰囲気は全くナイ、と言われていた。
当然2人も、そんなコトは考えてすらいない。
どこか適当な利子と真面目な英雄。案外うまくいっていた。
* * *
駅前のレンタル屋に入り、利子は洋画コーナーへ向かう。

「なんて映画?」

「えっとね、『Back to the Future』」

「へえ、利子がそんな古い映画知ってるなんて、意外だな」

「あたし知らなかったんだけど、由里姉がこないだ話しててさあ。どんな映画なのか気になって、観てみようかと」

「…ああ、あの引きこもりなヒトか」
英雄は表情を渋そうに歪めた。
以前利子に紹介されたことがあるので、顔は覚えている。
美人だが愛想が悪く、しかも無職で引きこもり。英雄は悪印象しか感じなかった。でも利子は姉のように慕っていて、よく由里子の家に遊びに行っているという。
そこも妙に気に入らなく感じる英雄だった。

「あったあった。――ええ、3部作なんだあ」

「オレ1作目は観たことあるけど、2部3部はまだ観たことないんだよな」

「じゃあ、あたしんちで一緒に観よ」

「3部作じゃ、夕飯までに観終えるのはさすがに無理だな」

「ご飯うちで食べていけばいいよ。そしたら今日中に全部観れる」

「そうさせてもらうか」
家族ぐるみでも付き合いがあり、どちらかの家でご飯を食べるのも、昔からごく当たり前のようにしてきていた。

「ただいまー」

「おかえり。あら、英雄クンいらっしゃい」

「お邪魔します」

「母さん、今日の晩ご飯、英雄もうちで食べてくから」

「あらそう。じゃあ英雄クン、お母さんにちゃんと電話入れておくのよ」

「はい」

「あたしの部屋行こ」

「お菓子と飲み物用意しておくから、あとで取りに来てね」

「はーい」
利子と英雄は2階へあがり、突き当たりの部屋へと入る。
部屋の中をザッと見渡し、英雄はため息を露骨に吐き出した。

「なんで勉強机の上に、ブラジャーとパンツを無造作に置いてある…」

「やだ、見ないでよっ」
利子は慌てて机に飛びついた。

「もうちょっと、色っぽいモノ身につけろよ」

「うっさい!」
水玉模様のブラジャーとパンツを引っつかみ、急いでチェストにしまいこんだ。

「別に見世物じゃないんだから、どんなのつけててもいいんだよ!」

「それはそうなんだが…」

「お菓子取ってくるから、テキトーに座ってて!」
顔を真っ赤にして、利子は憤然と部屋を出て行った。

「まあ、確かに見世物じゃないが。あんな感じだと、クマちゃんパンツやウサギちゃんパンツとか、普通にはいてそうだな」
どこかガッカリしたように呟き、英雄はテレビの前に座った。
2人は1作目を観たあと、豚バラカレーライスの晩ご飯を食べ、2部3部と立て続けに鑑賞した。

「いいなあ、あたしも欲しいなデロリアン」

「生ゴミを燃料にするのは、エコでいいアイデアだな」

「あたし欲しいの、機関車のやつ」
英雄は肩をすくめると、タブレットをいじってWikiを開いた。

「そいえば、由里姉がデロリアン作ってるって言ってた」

「は?」

「あたしもおんなじ反応したんだけど、けっこーマジな感じだった、由里姉ってば」

「頭だいじょうぶなのか?」

「ヒーローが思ってるほど、由里姉はヘンじゃないよ」
利子は口を尖らせて反論する。
英雄は由里子が無職で引きこもっていることを、いつもなじっている。それで由里子のことを悪く言う。

「無職で引きこもってる人なんて、世の中いっぱーいいるじゃん。由里姉だけじゃないぞ」

「それが問題なんじゃ」

「無職も引きこもる事情も、人によって色々あるんだよ。――由里姉見てるとさ、色んな事に疲れちゃってるような、そんな感じがするんだよね~」

「疲れ、ねえ…」
失笑するように英雄は口の端を歪めた。

「あたしらまだ子供だから、オトナの深い部分は判んないんだよ、タブン」
利子は手をグーに握ると、英雄の片頬を軽く小突く。

「あたしたちもオトナになって、社会経験積んだら、きっと判るようになるって」
無邪気にニッと笑う利子に、英雄はちょっと拗ねたように目を向けた。

「普段バカなことしか言わないのに、妙に正論吐くんだから困る」

「えー、ひどーい」

「デロリアン作るって言っても、せいぜいが模型のようなもんだろ。百歩譲って作れたとしたら、尊敬してやるよ」

「まあ、由里姉のこと大好きだけど、作れるとはさすがに思わないわ、あたしも」
英雄の持つタブレットを覗き込み、次元転移装置やタイムサーキットなどの説明を目で追う。
由里子は目覚まし時計をいじっていた。タイムマシンだからイコール時計、という安易な説明。
でも、もしかしたら? という思いも利子にはある。

「ホントに作っちゃったら、ご褒美に豆大福いっぱい買ってってあげよっ」
-つづく-
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